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新聞切抜も一期一会 [心と体の健康]

 相変わらず日経新聞の月曜朝刊で塾講師の人が書いている連載コラム「挑む」が楽しみです、今週(2016年3月7日)のコラムも良かったので翌日に切り取ろうと思って次の日に積み上げた古新聞を掘ったらナイ。一番上にあるのが2日の朝刊でいやに膨らんでしっとり重たいぞ、確定申告疲れで廻らない頭で考えてみると目の前に介護老人である父用にレンタルした座敷用の簡易トイレがあり、その下に新聞が敷いてある

 うわ!?やべぇ、と思い至って簡易トイレ下から昨日の新聞を救出。危うく糞尿まみれになるところだったわ、と「挑む」を切り取ってまた敷き直すんだけどね。新聞も昨今解約が相次いで「チラシの包み紙」などと呼ばれていますが、要介護者のいる家庭ではこの様に簡易トイレ下に敷いたりとまだまだ使い途があるもんだな。いや、母に誰も読まない夕刊は解約した方が良いとは言ってるけど。

 そんな、切り抜きたくなるコラムはコレ。

挑む


 楽をしようとする子は損得勘定ばかり考える母親の鏡、と言うのは大正論。何事にせよ「頼り切って・全く助けられて」と言うスタンスでは結果なぞ出る筈が無い、結局は本人次第で本人がやる気を出せば例え講師が外れでも伸びて結果は出るんじゃないのか。

 未婚独身なので受験の話はピンと来ませんが、資格だ就職だで「自分にぴったりの仕事」と言う表現に非常に違和感を覚えます。ピッタリの仕事を探すんじゃなくて自分がその仕事に合わせて変わるんだろうが、そうじゃないと私のいる会計業界なんて暗い界隈は陰気な人の集団と言う事になってやっていられませんよ。

 戦前生まれ世代までは社会に出るイコール働くで、働かないと比喩ではなくリアルで餓死してしまうから選り好みせず喰える仕事なら何でも就いて必死に仕事を覚えていたのがやがて天職となり適職と呼んでいたのが、いつしかチルチルミチルか60年代ニューエイジの自分探しの旅みたいな考えが主流に。どんな事(仕事でも何でも)にも退屈だったり辛かったり面白かったりする面はあるので自分が受け身ではなく積極的に関わるかどうかで凄く変わる

 つまりは、「子は親の鏡」でもあるけど面白くないと不貞腐れて文句ばかり言う御仁も己が受身でやらされているだけの人間だと周囲に公言しているのと同じだ。この「母親」はちょっとお客さん根性が強過ぎるんじゃないのかな、お客さん目線でお客さんとしてサービスを受ける前提で話をし過ぎ。母親はともかく本人までもそう言う調子だったらお手上げだけどお客さん目線で語る母親ではなく子供本人がこれからの自分の人生として主体的に捉えていれば良いのだけれどもなんでどうなんですかね? 


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