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怪物を倒そうとするものは、自らが怪物になることを畏れなくてはならない [時事ネタ]

( ;^ω^)<へいわぼけ 2007年09月12日
辞めろ辞めろと言っていた民主党&その他野党、「職責放棄」「無責任」と首相を非難の大合唱
>31 名前: 役場勤務(東京都)[] 投稿日:2007/09/12(水) 19:34:37 ID:hsUP1jxE0
妥協して落しどころを探ると・・・・・・・・・・・法案は骨抜きだ
政治に民意を反映させ法案を押し通すと・・一方的だ、独裁だ
部下に大きな権限を与えて任せると・・・・丸投げで無責任だ
官邸主導で進めると・・・・・・・・・・・・・・・・・独裁政治は許せない
決断を下すと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぜ急ぐのか、慎重に議論すべき
保留すると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・また先送りか

支持率上がると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人気取りの政策
支持率下がると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もっと国民の声に耳を傾けよ

靖国に行くと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・近隣諸国の許可を得たのか?
靖国に行かないと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・国民との公約を破った

閣僚人事の予想があたると・・・・・・・・・・・・新鮮味がない、地味
閣僚人事の予想がはずれると・・・・・・・・・・またサプライズの手法、実務派を使え

拉致問題に取り組む前・・・・・・・・・・・・・・・・北朝鮮との友好を壊すな、拉致は政治的捏造だ
拉致問題に取り組み後・・・・・・・・・・・・・・・・なぜもっと早くやらなかったのだ

北朝鮮に強い態度取ると・・・・・・・・・・・・・・なぜ話し合いで解決しようと努力しないのだ
北朝鮮と協調すると・・・・・・・・・・・・・・・・・・弱腰外交はやめろ

規制緩和すると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・競争が激しくなり格差社会を助長する
規制緩和しないと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・既得権益にメス入れろ

株価下がると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・景気悪くなった、なんとかしろ
株価上がると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・格差広がった、すぐに是正しろ

景気が良くなると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・企業優遇税制をやめろ、格差社会を是正しろ
景気が悪くなると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・景気対策がなおざりだ、社会保障を充実しろ

 と言うのを頭に入れておいて。

毎日新聞 発信箱 優しい世代 2007年9月12日 磯崎由美
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070912k0000m070169000c.html
>「僕らは貧乏だけど貧困じゃない」「お金がなくても人間らしく暮らせればいいじゃないか」

>パネリストのフリーターや自営業、NPO主宰者に共通していたのは「人をけ落としてまで生きたくない」という労働観だった。リサイクルショップの経営者は「社長だけ高い給料もらうなんて、オレには無理。一緒に働く人からどう見られるか考えたら、耐えられないもの」と言った。

>「甘い」と責めるのは簡単だが、もはやその優しさは社会のシステムに完全に組み込まれ、たくさんの人が安価な労働力の恩恵を受けている。例えば介護の現場。働き手の4割が20代だ。重労働低賃金に耐える青年たちから「お年寄りの笑顔を見るとつらいことも忘れるんです」と聞くたびに複雑な気持ちになる。

 磯崎由美氏は大体私と同じ年ですね。いや、晒すとかじゃなくて記事に色が付いていたら嫌だなと言う通常の「身体検査」で。団塊の取材を続けていたなら関連事象として「優しい」ジュニア達にやはり感じる事が有るのか?

新聞労連 2006年9月7日(木) : JTC第22回記者研修会参加申し込み締め切り迫る!
http://www.shinbunroren.or.jp/oshirase2/oshirase2.htm
>磯崎由美氏(毎日新聞)
>1964年生まれ。89年入社。横浜支局を経て大阪、東京社会部。東京都庁、大阪府庁、宮内庁記者クラブなどを担当。一番長いのは遊軍で、現在で累計7年半。自殺、犯罪被害者、精神障害者の社会復帰、在日難民、北朝鮮拉致事件と日朝問題などの取材・キャンペーンを担当。この1年間では、東京大空襲を中心にした戦後60年報道、「魂の殺人~子供を狙う性犯罪」、「団塊世代のあす」夕刊「まち」シリーズ――などを連載。今年8月からは多重債務取材班で、「縦並び社会~広がる多重債務」と題したキャンペーンを展開中。

 まさにこの通りの人物が知人に居ますが、磯崎由美氏同様、「優しいんだけど、良いの?これで本当に」と思わずにいられないです。そういう人間に親が育て上げた結果だから>「僕らは貧乏だけど貧困じゃない」「お金がなくても人間らしく暮らせればいいじゃないか」と言う連中を褒めてやる事があっても戸惑うのは筋違いなんじゃないの?「そうさ 僕らは 世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい」と言う歌の通りだし。ロストジェネレーションとは恐らく団塊ジュニア世代で、親世代はこう言う「優しい」人間に子供を育てたいと願っていたのだから喜びこそすれ戸惑うのはおかしいだろ。親世代には持ち得なかった「優しさ」を持った人間に育てようとと言う理想は結構ですが、親世代が当たり前の様に具有していた社会性や競争心と言うものが実は学校の授業からでは無いもののやはり教育によって学び得た物で、生まれたイルカが水面に出て呼吸するとか子牛が四本足で立ち上がるとか言う遺伝情報では無かったという事まで思い及ばなかったと言う事かと。

 思想信条どころか個人の理想まで消費される昨今ですから、「優しい」連中の親世代の理想は残念ながら流行遅れになってしまっているようです。が、日本人が現在の寿命を維持するのならば彼らも残り半世紀ばかり国家の担い手として、て、担うとかしたくないのか?建築でも自動車でも個人の理想で作られた物は使い勝手が悪かったりもするので、急進的な夢想家も居るけど大部分は保守的で中には現状維持が一番と急進派の足を引っ張る抵抗勢力が居る社会と言うのがバランスが良くて、そう言う中で揉まれて人間としてのバランス感覚を磨いていくのが教育なり成長と言う事なのかなと。

栄光ゼミナール 親としての「よのなか」科 
http://www.eikoh-seminar.com/interview-fujihara/fj_no001.html
>また、超コンビニ化社会は、人間の工夫や人間同士のコミュニケーションを奪う社会、いわば「人と人の間の人情が薄れる」社会です。人間の集団のエネルギーをヒシヒシと感じることができるのは、発展途上国のような成長社会においてです。そんな中、子どもが「人としての居場所がない」という感覚を抱いたとしても、それは至極まっとうなことだと思います。子どもにとっては、自分を確認できる場所が、今やメールのやりとりの中ぐらいにしかないのかもしれません。

 現代の我々は深夜早朝でも当たり前に営業しているコンビニに行けば最新刊の雑誌やCMやってた新しいお菓子が並んでおり、ケータイやPCで選択した商品が当たり前の様に数日後配送され、と言う何とも楽な社会を築き上げてしまい、その楽さを当たり前のように享受しているけどそのシステム維持の為に出来る事が「優しく」振舞う事なんだと皮膚感覚的に判っているのかな?とか。

【関連】
X氏の呪縛 団塊世代を総括する


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