So-net無料ブログ作成
検索選択

やっと読了、金色夜叉 [書籍他]

 3月28日に「金色夜叉」読み始めました~、とか軽く書いたのですが、本日4月28日ようやく読了ですよ。苦節1ヶ月、てか一瞥だにしない日が10日連続であったりしたので実質そんなに掛っていませんが。電車に乗ったり人間ドックの待合室でイッキに百ページ読んだり。読み始めれば引き込まれて周りの音も聞こえないくらいに集中できる面白さですが、如何せん漢字ばっかりの活字がみっしりでページあたり活字量が今時の小説の3倍は有るので。

金色夜叉 (新潮文庫)

金色夜叉 (新潮文庫)


 で、前にも書いた通り、冒頭の2ページ半がとにかく難解で、ココで投げ出しても仕方が無いと言うくらいの漢文の白文を読むような面倒さを乗り切ると今度はカルタのシーンがまたちょっと厄介ですが。ココで挫折しないように「解説」の話を孫引きすると明治時代の数少ない男女の出会いの場が正月のカルタ会だったんだそうで。コレを過ぎれば後は冬ソナ的ドラマの世界、やたら有る注記は大体ファッションの解説で、そう、流行は今日同様有った明治時代ですが今みたいに何と言うブランドスカートだバックだと言うのではなく、服地を仕立ててもらうんだから生地やら髪型の紹介で。その辺りは「なんとなく、クリスタル」でのブランドやら風俗に注解が付いていたのの先駆だったというか。大衆小説なので当時のハイカラ風俗を織り込もうという事か?明治も30年になると汽車は走っているし、金持ちはカメラの同好会を作っているし庶民でも冷えたビールを飲んでいるし。と言うのが軽快に読み飛ばす事が出来ない文体に綴ってあって、コチラも丁寧に活字を追って読むから時間ばっかり掛るんですよ。あの使いまくりの二重否定の言い回しは読み飛ばすと混乱するし。

演出ノート 2007年2月23日 (金) 嗚呼 金色夜叉!
http://hirobirobiro.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_7fcc.html
>『金色夜叉』(小説。尾崎紅葉作。1897年(明治30)以降読売新聞に連載。未完。富のために許婚の鴫沢宮(しぎさわみや)を富山唯継に奪われた間貫一(はざまかんいち)が高利貸しになり、金力で宮や世間に復讐しようとする。のち脚色されて新派の当り狂言となる。―広辞苑―)

>まさか、この自分が『金色夜叉』を演出することになろうとは!?「今月今夜のこの月を、俺の涙で曇らせてーッ(と、ここで思い入れ)あッ(と、一息飲んで)見せるからー(と見得を切るごとく)」と書いただけで、芝居がかった、大仰な、いやいやたまらん、だから芝居はいやなんだ、わざとらしくて見ちゃいられねえ!…と感じていたかつての自分がまざまざと浮かんできます。それがどうして演出など引き受けるはめに?

 と言うのがそっくりそのまま私の予備知識でして、「欲に目のくらんだ鴫沢宮の両親が許婚の間貫一との仲を引き裂いて富山唯継に嫁がせる。貫一の問いに宮は本当の事を語らず、失踪した貫一は高利貸しとして金の力をまとった金色の夜叉となって宮の前に再び姿を現す」と言う話だと信じていましたが、全然違いますよ。お芝居だとそう言うあらすじなんでしょうか?小説では鴫沢宮が、品行実直で入り婿になる予定の間貫一に不足は無いが己の器量を思えば金剛石の指輪をした富山唯継に嫁いで贅沢三昧も可能で有る事を自覚していると匂わせるくだりの後、そう言う縁談が実際に来て、戦前の因習的な時代だから親にも逆らえないか?と思いきや何の事は無い、全くの自由意志で「優しいだけの男じゃねえ、やっぱセレブ妻よ」と決めていてビックリ。見せ場の熱海のシーンも頼むから考え直してくれよ、と延々と懇願する貫一のやや情けない感じが続いて新劇の名調子とは程遠いです。因みに宮の「私に考えがある」と言うのはとうとう明かされぬまま、と言うよりくよくよと後悔する様のどの辺りに果たして考えが有ったのか?と言う感じです。結局貫一の親友荒尾に「貴女は貫一に対しては不実、夫の富山唯継に対しては不貞」と喝破された通りのまさに「二兎を追うものは一途も得ず」状態です。金色の夜叉にならねば居られない憂世かと思えば登場する悪党と言えばせいぜい出奔した貫一が手代としてお世話になった高利貸しの鰐淵直行くらい。それも手代の貫一や倅の直道には真人間に接するので、登場人物中一番酷いのは鴫沢宮その人じゃないかと。

 で、両親が幼くして死亡と言うトラウマを抱えた間貫一が今度は欲に目のくらんだ許婚に捨てられてまたトラウマが増えたところに、これまた借金の返済金代わりに高齢の高利貸しに嫁ぐ羽目になった元は士族の女高利貸しな満枝が人妻の身ながら貫一に言い寄ってくるのは自分を売った非情な父親の冷たさを貫一に見たのか?それともトラウマ持ち同士惹かれるものが有るのか?とまあ、「続続金色夜叉」に登場するお静と言い貫一の周りは美人ばっかりで羨ましい限りですよ。そこに考え無しの上無い物ねだりの宮が絡んできたりで「続金色夜叉」が一番ドロドロして面白いです。女が弱い時代かと言えばさに有らず、女の立場こそ弱いかもしれませんが、女そのものは非常に強いと言うか貫一が色々情け無いと言うか。対決シーンなぞはお芝居念頭に書いたのでしょうか?と、両雄の対決?で貫一の恨みが?になったと思ったら続きがやや外伝的な内容の続続金色夜叉で拍子抜けしますが、ココでは今まで陰気だった貫一が大活躍で、「弁護士」とか名乗っているし何だ?と言う感じです。

 最後の「新続金色夜叉」では元通り高利貸しに戻っています。冒頭部分の候文の恋文と言う稀有なモノがまた延々と読むのに苦労をしますが、「続続金色夜叉」で富山唯継が身請けをする予定だったお静を貫一が救出してささやかながら一矢を報い、さーこれから貫一の反撃開始だ!「続金色夜叉」で広げすぎた風呂敷の決着もつけないとね。とか思っていたら本当に唐突に終ってしまいます。「解説」に尾崎紅葉の構想が紹介されていて、それだとまあ宮のゴネ得と言うかまあ良く言えば収まるところに収まるという感じで、物語中では損な役回りの満枝はどうなっちゃうの?と満枝応援団としては思いますけど。Amazonのリスト見るとあまりに唐突に終った続編を勝手に書いてくれている人も居るようですが。

金色夜叉の真相―所謂る間貫一の告白 (1927年)

金色夜叉の真相―所謂る間貫一の告白 (1927年)

  • 作者: 巌谷 小波
  • 出版社/メーカー: 黎明閣
  • 発売日: 1927
  • メディア: -


 フランク・ハーバートのデューンシリーズも「請う御期待!」みたいな終らせ方の「砂丘の大聖堂」読んで続きが楽しみと思っていたらSF雑誌にフランクハーバート死亡!続編の日本語訳は中止とか出て愕然としましたが、アレは一応話は終っていたのにコレは全く中途半端かつ唐突に終っています。

デューン 砂丘の大聖堂〈3〉

デューン 砂丘の大聖堂〈3〉

  • 作者: フランク ハーバート
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1987/04
  • メディア: 文庫


 「冬ソナ」が面白いんなら金色夜叉も流行って然るべきな内容ですが、「冬ソナ」がおば様に受けたのは、「皆観ている、観ないと話題に付いていけない」と言う部分が有ったので、「金色夜叉はもっと面白い」なんて言ったら「賢ぶってるんじゃねーよ」とか言う事になるから流行らないか。でも学生時代に読んだと言う方も今読むと絶対印象が違うと思うんで是非読んでください。

 「ビジネスに繋がる文学作品」と言う下衆な下心で読んだ「金色夜叉」ですが、今度は衰退する同族経営が舞台らしいトーマス・マンの「ブッテンブローク家の人々」を借りてきました(流石に図書館の全集位しか手に入らない)。更に分厚いですが大丈夫でしょうか?素直に日本永代蔵でも読んだ方が良いのか?

【参考】
松岡正剛の千夜千冊 第八百九十一夜【0891】03年11月17日 『金色夜叉』(上下)
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0891.html


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0